吉岡 洋
吉岡 洋 | Hiroshi Yoshioka | 特定教授| 美学・芸術学
美学・芸術学とメディア理論をバックグラウンドにして、現代の芸術やメディアアートの現場と関わりながら、文章を書き、出版物や美術展示の企画をし、作品制作にも関わってきました。美学・芸術学という学問領域は主として18世紀以降のヨーロッパ近代思想に発するものであり、デジタル情報技術をはじめとする現代の発達したテクロジー環境下においては有効性を失っているという見方もありますが、ぼくはそうは考えません。めまぐるしい変化に惑わされず、芸術とは何か?
技術とは何か? という根源的な問いを、今こそ歴史的・人類史的なスケールで問い直す必要があると考えています。そのことを理論と実践の両面から探究していきたいと思います。
E-Mail: yoshioka.hiroshi.7s*kyoto-u.ac.jp
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学歴
1980年 京都大学文学部卒業(美学美術史学専攻)
1982年 京都大学大学院文学研究科修士課程修了(美学美術史学専攻)
1985年 京都大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学(美学美術史学専攻)
職歴
1990年 甲南大学文学部専任講師
1993年 甲南大学文学部助教授
1993年 社会研究所(Institute of Social Studies オランダ・ハーグ)客員研究員
1998年 甲南大学文学部教授
2000年 岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー教授
2001年 情報科学芸術大学院大学教授
2006年 京都大学大学院文学研究科教授
2016年 京都大学こころの未来研究センター特定教授
【著書】
・『情報と生命――脳・コンピュータ・宇宙』(室井尚と共著、新曜社ワードマップ、1993年)
・『〈思想〉の現在形―複雑系・電脳空間・アフォーダンス』(単著、講談社選書メチエ、1997年)
・『情報の宇宙と変容する表現』(共著、京都造形芸術大学編、2000年)
・『光速スローネス:京都ビエンナーレ2003』(編著、京都芸術センター、2004年)
・『岐阜おおがきビエンナーレ2006「じゃんけん:運の力」』(編著、情報科学芸術大学院大学、2007年)
・『文学・芸術は何のためにあるのか?』(編著、東信堂、2009年)
【論文等】
①美学芸術学関係
・「天才の概念と近代」(京都大学美学美術史学研究室編『研究紀要』第4号、1983年)
・「否定性のパラドックス―Th・W・アドルノ『美学理論』について」(美学会編『美學』142号、1985年)
・「プリズムとしての哲学へ―『否定弁証法』を読む I」(帝塚山学院大学美学美術史研究室編『藝術論究』第13編、1986年)
・「〈存在〉の貧困―『否定弁証法』を読む II」(帝塚山学院大学美学美術史研究室編『藝術論究』第14編、1987年)
・「メランコリーの聖域を開く」(青土社『現代思想』vol.15-13、1987年)
・「アドルノ以後のアドルノ」(日本美學会編『美學』、1989年)
・「作品の中の社会―アドルノにおける観念論とその批判」(京都大学美学美術史学研究会編『芸術の理論と歴史』、思文閣出版、1990年)
・「感性と無限―カント『判断力批判』における数学的崇高について」(『甲南大学文学部紀要』、1992年)
・「芸術という病―症候としてのドイツ観念論」(ミネルヴァ書房『ドイツ観念論との対話3 芸術の射程』、1992年)
・「〈力〉とは何か―カント『判断力批判』における力学的崇高について」(『甲南大学文学部紀要』、1993年)
・「音・テクノロジー・芸術」(アルク出版社『Music Today』No.19、1993年)
・「複雑性と人間的認識の限界」(科学研究費研究成果報告書『〈感性的認識の学〉としてのAesthetikの可能性とその系譜』、1994年)
・「芸術と解釈」(勁草書房『芸術学の射程』(『芸術学フォーラム』2)、1995年)
・"Art as Symptom: An Essay on German Idealism” (The Japanese Society for Aesthetics, AESTHETICS 7, 1996)
・「美学の可能性についての一考察」(岩城見一編『感性論―認識機械論としての〈美学〉の今日的課題』、晃洋書房、1996年)
・「出発点としての〈マン・マシン〉――人間のアイデンティティをめぐって」(『近代国家における文化的アイデンティティとしての芸術』課題番号08301004 平成8~10年度科学研究費補助金〔基盤研究(A)(1)〕)研究報告書、1999年8月)
・"Art is about the Future: Otherwise, Nothing”(Coded Cultures: New Creative Practices Out of Diversity, Springer, 2011)
・「医療・芸術・メディアアート」(日本記号学会編『叢書セミオトポス6「いのちとからだのコミュニケーション」』、應義塾大学出版局、2011年)「対論:スポーツの危機?/判定の危機?」として収録))
・”Umenie po Fuku?ime?” (ENTER, No.14+15, Ko?ice/Slovakia, 2013. “Art after Fukushima” 英語からスロヴァキア語に翻訳されて掲載)
・「〈風景のポストモダン〉をめぐって」(『言語文化研究』26巻3号、立命館大学言語文化研究所、2015年)
②現代思想関係
・「哲学のプラグマティックス―R・ローティと批判理論」(岩波書店『思想』No.751、1987年)
・「『東洋』の場所-知と権力との界面」(日本記号学会編『記号学研究7 文化のインターフェイス』、東海大学出版局、1988年)
・「都市と近接性」(日本記号学会編『記号学研究9 都市/建築/コスモロジー』、東海大学出版局、1989年)
・「複製技術の再解釈―あるいは、ポストモダン分析の認識論」(福武書店『批評空間』No.7、1992年)
・「生命・関係性・形態」(日本記号学会編『記号学研究14 生命の記号論』、東海大学出版局、1994年)
・"Samurai and Self-colonization in Japan” (Decolonization of Imagination, ed. JanN. Pieterse, Zed Publishers, London)
・「多文化主義をめぐって」(日本記号学会編『記号学研究16 多文化主義の記号論』、東海大学出版局、1996年)
・「理性の〈縁〉へ―複雑性と哲学」(青土社『現代思想』、1996年)
・「生態学的ラディカリズム」(青土社『現代思想』、1997年)
・「カオスとポストモダン」(青土社『現代思想』、1994年)
・「ポスト・フランケンシュタイン時代の自然哲学」(日本記号学会編『記号学の逆襲』、2002年、p.48-58)
・「流体生命論へ向けて」(日本記号学会編、記号学叢書セミオトポス『流体生命論』、2005年4月)
③メディア・情報文化関係
・「情報とスタイル」(『スタイルの詩学―倫理学と美学の交叉(キアスム)―』叢書【倫理学のフロンティア】Ⅶ、山田 忠彰・小田部胤久編、2000年12月)
・"Embedding Media in Culture” The catalogue for the Interaction '01, IAMAS,2001(「メディアを文化に根づかせること」、「インタラクション'01」カタログ、IAMAS, 2001年)
・「デジタルメディアの形而上学」(『京都美学美術史学』第七号、京都大学美学美術史学研究室編、2007年3月)
・"Cultural Parasitology: Art in it's Sociopolitical Complexity"(Interface Culture:Artistic Aspects on Interaction, リンツ芸術工科大学、2009年)
・「メディア芸術とは何か?」(京都哲學會編『哲學研究』 589号、2010年)
④その他(美術批評、書評、項目執筆等)
・G.E.Meyers『ウィリアム・ジェームズ―生涯と思想』(丸善『學燈』、1986年)
・「アラン・ユムローズ―突出する周縁」(京都芸術短期大学、芸術文化研究所『AC』No.9、1989年)
・「ナンシー・スペロ―フェミニズム・アートの現在」(京都芸術短期大学・芸術文化研究所『A&C』No.10、1989年)
・ 「終わりなきものの終わり」(関西の若手現代美術作家合同展"YES ART"カタログ、1989年)
・「Toward Techno?Art:芸術とテクノロジーをめぐる私見」(京都芸術短期大学・芸術文化研究所『A&C』No.12、1990年)
・「J・クリステヴァ『外国人―我らの内なるもの』」(『京大新聞』書評、1990年)
・「K+A」(美術出版社『BT』、1990年)
・「小杉+安藤、コンプレッソ・プラスティコ」(京都芸術短期大学・芸術文化研究所『A&C』Annual '89 1990年(平2年)
・「Bug's Monologue」(小杉+安藤のインスタレーション作品「盗まれた身体」に提供したテキスト、1991年。『情報と生命』に収録)
・F・ジェイムソン『のちに生まれる者へ』(『図書新聞』、1992年)
・"Just Before the Last Moment in the Twentieth Century”(平川典俊個展のためのテクスト、1993年)
・「黒崎政男『カオス系の暗礁めぐる哲学の魚』」(『週刊読書人』、1997年)
・「科学と芸術の変貌/笑うシュレーディンガーの猫」(光琳社『インターメディウム・テキストブック』、1997年)
・"Where the Streets have no names: Japanese City and Its Future”(CITY LIFE, Heinz Paetzold ed., Jan van Eyck Akademie, 1997年)
・「マーク・デリー『エスケープ・ヴェロシティ』」(NTT出版「インターコミュニケーション Intercommunication」No.23、1997年(平成9年)
・「現代思想の最新用語」(小学館『データパル 現代思想の最新用語』項目執筆。1998~2002年)
・「美学」(教科書の項目執筆、並木・吉中・米屋編『現代博物館学』、昭和堂出版、1998年)
・「知の再編成と批評の未来」(『人文書のすすめII』、人文会刊、1998年10月)
・「聴くことのスローネスをめぐって」(『SLOW』第3号、ワールドフォトプレス、2008年)
・「〈おもろい〉―興趣の大阪的表現について―」(『美術フォーラム21』第17号、醍醐書房、2008年)
・「ありえたかもしれない、音楽」(『洪水』第3号「特集・三輪眞弘の方法」、2009年1月1日)
・「オコガマシイ話」(せんだいメディアテーク刊『髙嶺格[大きな休息] 明日のためのガーデニング1,095m2 』、2009年)
・「2109?? 百年後の人類へ」(「MUSEUM NEWS」 川崎市民ミュージアム 2009年)
・「双曲かぎ針編み珊瑚礁(Hyperbolic Crochet Coral Reefs)」(『視覚の現場・四季の綻び』、醍醐書房、2009年)
・「場違いな存在となる技法[アート]」(京都・大覚寺におけるメディアアート展"out of place”の冊子のためのテキスト、2011年)
・「自生する前衛―つげ義春をめぐって」(『美術フォーラム21』第24号、醍醐書房、2011年)
・「クールダウン、クールジャパン」(『高嶺格のクールジャパン』、水戸芸術館現代美術センター、2013年)
・「浮遊、飛翔、反重力」(豊田市美術館『反重力 ANTIGRAVITY』、青幻舎、2013年)
・「唐仁原希―遊戯する内なる子供たち」(『美術フォーラム21』第29号、醍醐書房、2014年)
・「メディアアートという文化」(『美術フォーラム21』第30号、醍醐書房、2014年)
・「遍在するサイン波、宇宙的哄笑」(日本記号学会編『叢書セミオトポス10「音楽が終わる時 産業/テクノロジー/言説」』、新曜社、2015年)
・「春画を美術館で観るということ」(『美術フォーラム21』第32号、醍醐書房、2015年)
⑤翻訳
・リチャード・フリードリヒ・キトラー「機械と人間のシナジー」NTT出版「Intercommunication」No.0、1991年(平成3年)ローティ『哲学の脱構築―プラグマティズムの帰結』(共訳、御茶ノ水書房、1985年)
・ハル・フォスター編『反美学――ポストモダンの諸相』( 室井尚と共訳、勁草書房、1987年)
・ピーター・デューズ「アドルノ、ポスト構造主義、同一性批判」(共訳、青土社『現代思想』vol.15-13、1987年)
・リチャード・ローティ「哲学をクソ真面目にうけとること」(青土社『現代思想』臨時増刊号、1989年)
・ペーター・スローターダイク「のらくら者の帰還あるいはアリバイの終わり―芸術の終焉についてのもう一つの理論」(勁草書房『芸術の終焉・芸術の未来』、1989年)
・ポール・ド・マン「カントにおける現象性と物質性」(福武書店『批評空間』No.3、1991年)
・ロドルフ・ガシェ「単なる視覚について」(福武書店『批評空間』No.3、1991年)
・ポール・ド・マン「ヘーゲルの崇高論」(福武書店『批評空間』No.4、1991年)
・フリードリヒ・キトラー「機械と人間のシナジー」(NTT出版「Intercommunication」No.0、1991年)
・ポール・ド・マン「盲目性の修辞学―デリダのルソー論」(福武書店、『批評空間』No.8、1992年1月)
・マーク・テイラー「ターミナル・スペース」(NTT出版「Intercommunication」No.7、1993年)
・ヤン・N・ピータース「西洋という包みを解く――ヨーロッパ人はどの程度ヨーロッパ的か」(岩波書店、『へるめす』1995年)
・ブルース・マズリッシュ著『第四の境界 ― 人間-機械(マン-マシン)進化論』(ジャストシステム、1996年)
・マーク・ポスター著『情報様式論』(室井尚と共訳、岩波書店、1992年7月2日。岩波現代文庫版に再録)
・エルキ・フータモ「モバイルメディアの考古学」(日本記号学会編 『新記号論叢書セミオトポス2「ケータイの記号論」』p.92-109、慶應義塾大学出版会、2005年)