霊体験は可能です。

  • 2008-12-01 (月)

誰でも一度くらいは心霊現象に興味を持ったことがあるんじゃないでしょうか。霊が出没すると言われる深夜の山道や廃墟になったホテル。よくあるテレビの心霊特集では、レポーターが「確かにあそこに誰かいたよ!」と震える声で言っている。さて、こうした心霊現象は、科学的に解明可能なんでしょうか?(*1) 

実は、既にそれっぽい研究がいくつか行われています。今日はその中から、幽体離脱(out-of-body experience)についての研究を紹介しようと思います。

幽体離脱とは要するに、自分自身がどういうわけか自分の体の外に抜け出してしまった状態のことですね。自分の体はベッドの上で横になっているにも関わらず、自分自身は天井のあたりにフワフワと浮いており、そこから寝ている自分の体を見ているように感じられたりします。実はこの現象、広く世界中で報告があるそうです。

で、スウェーデンのEhrssonという人が、幽体離脱についての面白い実験をやってみました(*2, *3)。下の図を見てください。

ikeda_topic_1201.jpg

立ってるのがEhrssonさん、座ってるのが実験協力者(被験者)さんです。被験者さんの2 mほど後ろにはカメラが置いてあり、その映像は、被験者さんがかけている大きなゴーグルに送られます。つまり被験者さんには自分の後姿が見えています。で、Ehrssonさんが何をやっているかと言うと、短い棒で、被験者さんの胸を押すと同時に、カメラのすぐ下のあたりも押す振りをしています。被験者さんには、本当の自分の胸を押している棒は見えていませんが、カメラの下の何もない空間を動いている棒の一部と、それを動かしているEhrssonさんは見えています。さてさてこの時、被験者さんはどんな感覚に襲われると思いますか?

被験者さんは、自分の体があたかもカメラが置いてある場所にあるように感じ、カメラの下を押す振りをしている棒が、あたかも本当に自分の胸を押しているような感覚を感じ、そして自分(の霊?)が、自分自身の体から2 mほど後ろに座っていて、自分の体を後ろから見ているような感覚に襲われます。要するに、このEhrssonさんの方法を使えば、誰でも幽体離脱を体験することができるわけです!

これだけでも十分面白いのですが、Ehrssonさん、続いてさらに面白い実験をやってみました。もし本当に被験者さんが幽体離脱している気分になっているのなら、その幽霊の体の方を、ハンマーで思いっきり殴る振りをしたら、どうなるだろう? 研究者って本当に面白いことを考えますね。

で、やってみると、被験者さんはかなり恐かったようです。恐怖を感じた時に生じる皮膚電気反応(Skin Conductance Response; SCR; 要するに手にかいた汗の量です)という生理反応を調べてみると、幽体離脱していると思っている時は、幽体離脱を感じていない時と比べて、かなり大きな反応が見られたとのこと。つまり、やっぱり被験者さんは自分自身が自分の体とは違うところに存在していると感じていて、そっちの自分がハンマーで殴られる!と感じて、思わずギャッ!となってしまったわけです。もちろん本当は、そんなところに自分は存在していないのにも関わらず、です。

この実験から言えるのは、私たちが、私たち自身の体の「中に」いる、という感覚を持つためには、眼からの視覚情報に加えて、複数の感覚体験が同時に、相互に関連付けられて生じること(この実験の場合なら視覚と触覚)が重要らしい、ということです。こういう抽象的な言い方をすると、「はあ、で、それが分かったらどうなるの?」という質問がきそうですね。ひとことで言えば、こうした研究は、私たちの「自己意識」というものの謎に迫る研究だと言えます。

「自己意識」は、非常に多様な現象によって構成されていると考えられます。たとえば今回紹介したような、自分の体を自分が所有している、あるいは自分の体の中に自分がいる、といった感覚も含まれますが、それ以外にも、たとえば自分というものが時間的に連続して存在しているという感覚、あるいは自分は自由な意志を持った存在で、これから先の将来に渡っても存在し、意図を持って行動していくだろうという感覚、なども含まれています。さらに加えて、より社会的な感覚、たとえば、自分が周囲の人たちからどのように思われているのか、どのような人間だと思われたいのか、といったことについての考え方なども含みこんでいると考えられるでしょう。

これらをすべて解き明かすまでには、長い研究の蓄積が必要なのは間違いありません。こうした大きな問題に挑戦する場合、自然科学では、問題をより小さな単位に切り分けて、手がつけられそうな場所から取り組んでいくのが普通です。それゆえ、自己意識の問題についても、上にあげたいろいろな側面について、それぞれ別の方法論を用いた研究が進められています。それらの成果が次第に蓄積され、統合されていった時、私たちはこれまで思いもしなかったような、「自己意識」についての新たな知識を得ることができるかもしれません。楽しみですね。

今回は池田功毅が担当しました。これからもこうした学問の最前線をお伝えしていければと思います。

*1 原理的に可能です。理屈としては次のように考えてください。(1) 霊の存在を信じるかどうかは別として、たとえばテレビのレポーター本人が、「確かにそこに誰かいた」と感じているのならば、それはレポーターさんの "主観的には" 事実だった、と言っていいはずです。(2) 次に、(ここが一番重要ですが、)私たちの主観的な感覚とは、すべからく私たちの体、なかんずく脳を舞台として生じている現象です。(3) だとするならば、霊体験についての "主観的"事実も、脳と体のどこかで何かが起こった結果、生じたものと考えるべきです。言い換えれば、脳と体をより深く研究すれば、心霊現象を科学的に解明することは十分可能と断定することができます。

*2 The Experimental Induction of Out-of-Body Experiences.(幽体離脱体験の実験的誘導)
Ehrsson H. H. (2007). Science, 317, 1048.
DOI: 10.1126/science.1142175

(雑誌へのリンク)
Scicence
http://www.sciencemag.org/

*3 Henrik Ehrssonさんはこんな人
http://www.neuro.ki.se/ehrsson/contact.html

- Illustration by Shinya Yamamoto.

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