笑顔とインフルエンザの微妙な関係

  • 2009-05-13 (水)

五月晴れの気持ちよい季節になりましたが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
京都は、鴨川沿いの桜もすっかり新緑に染まり美しいです。:)
それなのに、新型インフルエンザのために、
米国やカナダからのお客さんが自宅待機を求められており、申し訳ない限りです。:(

さて皆さん、上で使った顔文字にお気づきいただけたでしょうか?

ヒライシが使った :) とか :( といった顔文字は、英語を使うときによく用いられるものです。
日本でよく使う顔文字 (^^) とか (;_;) とちょっと違いますよね。何が違うのでしょう?

英語のは顔が横になってる。首をかしげないと表情が分からない。

その通りですね。ヒライシは英語顔文字を見るとき、ついつい首をかしげている自分に気がつきます。
ドライブ系のゲームをやっていると、体が動いてしまう感覚でしょうか。

でもそれだけ?もう一つ違いがありませんか?

そうなんです。英語顔文字で笑ったりヘソを曲げたりしているのは「口元」なのです。
対して日本語の顔文字では笑ったり泣いたりしているのは「目」なんですね。
なぜ、このような違いがあるのでしょう?

北海道大学の結城さんと共同研究者たちによる、面白い研究があります。研究のアイディアをごく簡単(若干語弊はありますが)にまとめると、こういうことです。

「日本人は目元から表情を読むのではないか」
「米国人は口元から表情を読むのではないか」

そこで結城さんたちは、オハイオ州立大学の118人の学生さんと、北海道大学の95人の学生さんたちに、さまざまな顔の線画を見せたのです。いわゆるエモーティコン(Emoticon)と呼ばれるものですね(*1)。どんなエモーティコンを使ったかというと、

・「目は笑っていて、口は悲しんでいる」エモーティコン。 (^へ^)
・「目は笑っていて、口は平静な」エモーティコン。    (^_^)
・「目は平静で、口は悲しんでいる」エモーティコン。   (・へ・)

・「口は笑っていて、目は悲しんでいる」エモーティコン。 (´v`)
・「口は笑っていて、目は平静な」エモーティコン。    (・v・)
・「口は平静で、目は悲しんでいる」エモーティコン。   (´_`)

#顔文字は平石の作成例なので、実際の実験で使ったエモーティコンとは異なります。
# 結城さんからエモティコンをいただきました!

yuki_emoticon_090525b.jpg

という6種類です。そしてそれぞれのエモーティコンがどれくらい悲しそうか、または嬉しそうか、学生さんたちに答えてもらったのです。「1=すごく悲しい」から「9=すごく嬉しい」として、1~9段階の数字で答えるというものでした。

結城さんたちの予測はこうです。日本人が目元から表情を読むのならば、「目が笑っている」エモーティコンは、日本人の方が「嬉しそう」と答えるだろう。つまり、

 (^へ^) とか (^_^)

というエモーティコンは、日本人の方が「嬉しそう」と答えるだろう。

たいして、米国人が口元から表情を読むのならば「口が笑っている」エモーティコンでは、米国人の方が「嬉しそう」と答えるだろう。つまり、

 (´v`) とか (・v・)

というエモーティコンは、米国人の方が「嬉しそう」と答えるだろう。

はたして結果は。
もちろん、結城さんたちの予測通りになったのでした。だからここで紹介しているわけですね。

でもそれだけでなく、結果のグラフを細かくみると色々と面白いことが分かります。

例えば(^_^)のエモーティコン。日本人学生の評価は平均7.5点くらいでした。9点が「すごく嬉しい」ですから、かなり高評価ですね。日本人にはけっこう嬉しそうに見える。

でも米国人学生の評価は、約4点なのです。「1=すごく悲しい」~「9=すごく嬉しい」で答えてもらっているので4点というのは、真ん中(5点)より少し下。どちらかというと悲しいという評価なのです。

それじゃ(^へ^)は?

日本人学生さんの評価は約6点。ちょっと嬉しいというところでしょうか。ところが米国人学生の評価は2点くらい。米国人学生には、(^へ^)はかなり悲しい顔に見えるようです(*2)。

ちなみに口元が笑っている(´v`)とか(・v・)では、ここまでドラスティックな差は見えないようです。ただ、一貫して米国人学生の方が「嬉しそう」と答えています。

ほほう。やはり日本人は目元、米国人は口元に着目していたか。と、簡単に結論づけられません。この結果には、簡単な反論が可能ですよね。「日本人は目で表情をつけるエモーティコンを普段から使っていて、米国人は口で表情をつけるエモーティコンを普段から使っているから、こういう結果が出たんだろう」。つまり、普段の生活で、本当に他人の表情を読むときに「目元」や「口元」を重視しているかは、この実験だけでは結論づけられません。

それじゃ、顔写真を使ってみたら?それが結城さんたちの2つ目の実験です。今はフォトショップなどの画像処理ソフトのお陰で、顔写真から目元だけとか口元だけとかを切り貼りすることが、比較的簡単にできます。それで最初の実験と同じように「目が笑って、口が悲しんでる」など6種類の顔写真を10人分(つまり60枚)人工的に作って、これまたオハイオ州立大学生(87人)と北海道大学生(89人)に、どれくらい「嬉しそう/悲しそう」か、答えてもらったのです。そして結果は、エモーティコンの時とほぼ同じでした(*3)。

emotion_1_090525.jpg
なるほど。日本人は目元を、米国人は口元を重視しているのか。それは分かりました。でもなんで?なぜ、そんな文化差があるのでしょう。

結城さんたちの説明はこうです。

顔の筋肉というのは、意図的に自由に動かしやすいものと、意図的には動かしにくいものがあります。口元の筋肉は比較的自由に動かせますが、目元の筋肉はあまり自由になりません。

良く写真を撮るときに「チーズ!」って言いますよね。あれは「イー」という口をすると、歯が見えて、微笑みの口元に似るからです。それで皆が笑っている写真を撮れる。つまり意図的に「笑っている口元」を作ることは、そんなに難しくありません。

しかし「笑っている目元」は?これはとても難しいことが知られています。皆さんも鏡に向かって笑っているときの目元、マナジリが下がった目を作ってみて下さい。ちなみにヒライシは全くできません。

そう。口元が笑っている顔は、実は「作り笑い」であって「心からの笑み」ではない可能性があるのです。一方、目元が笑っている顔は「心からの笑み」である可能性が高い。

日本人は、公衆の面前では自分の感情を隠す傾向があることが、別の研究から示されています。そこから結城さんたちは言います。日本人は感情を隠そうとするので、隠しきれない手掛かり(目元)から本当のキモチを読もうとするのではないか。

でも目元というのは、とても微妙な手掛かりです。そこで米国人は、より目立ってハッキリとしている手掛かり(口元)から表情を読もうとするのではないか(*4)。

なるほど。ところで今日のタイトルにあるインフルエンザとの微妙な関係は?

ここのところ「新型インフルエンザで大騒ぎをしているのは日本人だけだ」といった意見がチラホラと出てくるようになりました。大騒ぎするべき(慎重に慎重を重ねるべき)なのか、そこまで慎重になる必要がないのか。その点についは、ヒライシは専門家でないので、ここでは保留しておきたいと思います。

面白いな、と思うのが「マスクをしているのは日本人ばかり」という話をチラホラと聞くことです。

新型インフルエンザ「海外でマスクをしているのは日本人だけ」(Livedoorニュース)
外国人は"脱マスク"...米国では隔離も入院もさせず(ZAKZAK)

曰く、アメリカでも韓国でもマスクまでして大騒ぎしているのは日本人だけ。全く恥ずかしい限りだ。

でもちょっと待って下さい。

こころの未来研究センターの同僚に指摘されて気がついたのですが(そして上記ZAKZAKの記事にもありますが)、米国などでは、そもそもマスクをすることが少ないような気がします。

例えば日本では花粉症の季節にマスクをして外を歩く人を多く見かけますが、米国でそういう人を見たことは無いような気がします。米国などでも花粉症に類するアレルギーはあるにもかかわらず、です。そもそも、米国ではマスクをして人前に出ることがあまりないのではないか?

そこからヒライシ妄想しました。ひょっとしたら米国などでは、人の表情を読むときに「口元」が重要なので、口元を隠してしまうマスクをすることが避けられるのではないか?と。

逆のパターンが日本におけるサングラスです。ヒライシはけっこう眩しいのが苦手で、夏場などは、できればサングラスをして歩きたい。しかし日本社会では、サングラスをかけていると、なんとなしに、周囲から浮いているような感じがします。でも米国でサングラスをしていても、周囲から浮いている感じはしません。というのも、特に夏場など、かなりの数の人がサングラスをして歩いているからです。

これは、日本人が「目元」を重視するから、サングラスをかけて目元を隠している人(=表情を隠している)人を避ける傾向があるからなのではないか...?それでサングラスをかける人が少ないのではないか。

といったことがあるので、新型インフルエンザのような騒動がおきると、日本人はすぐにマスクをするが、米国人はいやがるのかも知れない。

そこで予測。もしも太陽活動の活発化などによって紫外線が大量に降り注ぐことが予測され、サングラスで目を守ることが必要だ!なんて報道されることが起きたら?「東京に行ったけど、サングラスをして歩いているのはアメリカ人ばかりだ。まったく恥ずかしい限りだ」なんて意見が、米国のブログで書かれるかもしれません。

結城さんの研究はちゃんとしたサイエンスですが、最後のところは、ヒライシの完全な憶測・妄想です。その点、誤解のなきよう。でもちょっと面白いと思いませんか?

こころ学、今回はサイエンスから妄想しつつ社会問題?を考えてみました。今後ともどうぞご贔屓に。

Yuki, M., Maddux, W. W., & Masuda, T. (2007).
Are the windows to the soul the same in the East and West? Cultural differences in using the eyes and mouth as cues to recognize emotions in Japan and the United States.
「こころの窓は東西で同じか?日米での目と口からキモチを読むことの文化差」
Journal of Experimental Social Psychology, 43(2), 303-311. doi: 10.1016/j.jesp.2006.02.004.

この論文はPDFがダウンロードできます

*1:Emotion(感情・情動)とIcon(像)からの造語ですね。
*2:繰り返しですが、実験で使ったエモーティコンとは少し異なります。その点あしからず。
*3:細かな違いはあるのですが、ここでは割愛します。
*4:なぜ日本人が表情を隠そうとするのか?という疑問についても、魅力的な説明があるのですが、それはまたいずれ。ご興味のある方のために、当センターの内田助教やミシガン大学の北山先生の研究が関係するとだけ申し上げておきましょう。北山先生の議論は「こころの未来」でも読むことができます(PDF)。

- Illustration by Shinya Yamamoto.

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