施しだったらごめんだぜ

  • 2009-10-18 (日)

みなさんこんにちは。
朝晩はずいぶん寒くなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。
今日は、つい最近まで日本経済新聞の「やさしい経済学」というコラム欄で取り上げられていた「ゲーム理論」に関連するお話をしたいと思います。

少し抽象的な説明になりますが、あなたとあなたの友人が二人で協力して作業を行った結果、たまたまどちらかが大きくお金を稼いだという場面を想像してください。
二人とも同じくらい仕事に貢献したのに、残念ながらあなたのところにはお金が入ってきませんでした。*1

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さて、このようなとき友人があなたにほんの少しだけ分け前をお情けで恵んでくれるとしたら、あなたはどのような行動をとるでしょうか。
おそらくあなたは怒って「そんな施しみたいな額なら、おまえさんにくれてやらあ」と受け取りを拒否してしまうのではないでしょうか。

心情的には非常に理解できるこうした行動ですが、経済学の世界ではこのような行動はとても奇妙で非合理的であるとみなされてしまいます。
というのも、経済学では、人間とは利己的な生き物で、自分の得になることだけを行う存在であると考えるからです。
そのため、どんなに分け前が少なくても、お金がもらえないよりもらえた方が得になるので、受け取りを拒否することは経済学的には非合理的となります。

それではなぜ人は、このような経済学的には非合理的な行動をとってしまうのでしょうか。
北海道大学の山岸俊男教授を中心とした研究チームは、その理由を解明するために、ゲーム実験と呼ばれる一連の実験を行いました。*2

山岸教授たちが行った実験の概要は以下の通りです。
まず、二人の実験参加者のうち一人がお金の分配者となり、もう一人が分配の受け手となります。
分配者は実験者からもらったお金を、二人でどのように分けるかを決定します。
受け手は分け前の量を判断し、その額を受け取るか拒否するかを決定します。
このとき受け手は3つの条件のうちのどれかにランダムに割り当てられます。

条件1では、受け手が分け前を拒否した場合、それを提案した分配者もお金を手にすることはできません。
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条件2では、受け手がけ前を拒否した場合、分配者にその事実は伝えられますが、一方で分配者は自分の分け前を手にすることができます。
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条件3では、受け手が分け前を拒否しても、分配者にその事実は伝えられず、一方で分配者は自分の分け前を手にすることができます。
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少し分かりにくい条件設定ですが、こうした実験操作を行うことで次のようなことが明らかになります。
つまり、条件1における拒否率が他の条件より高ければ、人は相手に対して金銭的な懲罰を下せる場合は、不公正な分配に対してそれを積極的に利用する。
また、条件2における拒否率が条件3より高ければ、人は相手の分配に対して不服を持っている場合、それをアピールできるのであれば積極的にそれを利用し、アピールできないのであればおとなしく不公正な分け前をもらうということです。

それでは結果はどうなったのでしょうか。
3つの条件を比べると、条件1における拒否率は他の条件より高くなりました。
やはり人は、相手に対して金銭的な懲罰を下せる場合は、自らの報酬を犠牲にしてまで、不公正な分配を受け入れないようです。

一方で条件2と条件3の間では分配に対する拒否率に違いは見られませんでした。
これはいったい何を意味するのでしょう。
自分が不公正な分け前を拒否したことが伝わる条件2ならまだしも、相手にそれが伝わらない条件3ではそのような行動をとることはまったくの無駄のはずです。

こうした興味深い結果に対して、山岸教授らは次のような可能性を指摘しています。
すなわち、不公正な分配に対してその抗議の態度が直接相手に伝わらなくても、そうした行動をとったということは当事者以外の人々に評判として伝わるという可能性です。
もし、分配者に直接伝わらないからといって、抗議の態度を示さなければ、それを見ていた第3者の人々が「あの人は直接抗議ができなければ、おとなしくなる人だ」と判断し、自分も似たような場面に遭遇した場合、不公正な分配をしやすくなります。
一方で、相手に直接伝わらないにもかかわらず怒りをぶちまけ、あえて自分の不利益になるような行動をとった場合、周りの第3者は「あの人に不公正なことをしたら、なにをされるか分からない」と考え、安易にその人を搾取しようとは思わなくなります。
山岸教授らは第3者に対する評判まで含めれば、この実験で生じた結果をうまく説明できるのではないかと考えています。

いかがでしょうか、皆さんがこのような実験に参加したとき、どのような動機でどのような行動をとるでしょうか。
人がどこまで状況を想定した上で自らの行動を決定しているかを考えることは、とても興味深い問題だと思います。

ちなみに、今回紹介した研究が立脚するゲーム理論は、近年広く社会科学全般に取り入られ始めており、これを用いることで、一見関係のなさそうな現象同士が理論的には非常に近いことが、次々と明らかになっています。
いわゆる理系の学問に関わる人々が、数学的論理性→物理法則→化学法則→生物法則という共通した思考の土台をもっているため、お互いの意思疎通がある程度可能であるのに対し、社会科学の領域では各分野が立脚する理論に統一性があまり無いため、なかなかお互いを理解することができません。
一方、ゲーム理論は人の合理性というものを土台としているため、私は個人的にこれが社会科学の共通基盤となりうるのではないかと考えています。
やや専門的になりますが、以下にゲーム論的観点を養うのに適した書籍を紹介しますので、関心のある方は是非読んでみてください。

進化ゲームとその展開 佐伯 胖・亀田 達也 著 2002年 共立出版
進化と人間行動 長谷川 寿一・長谷川 眞理子 著 2000年 東京大学出版会
生き物の進化ゲーム 酒井 聡樹・高田 壮則・近 雅博 著 1999年 共立出版

今回は少し内容が難しかったでしょうか。
次回はまた違った話題を皆さんに提供したいと思います。
それでは、また!

*1
このような状況は不自然だと思われるかもしれませんが、会社の中でチームで作業を行ったのに、上司から高い評価を受けたのは同僚だけで、自分はボーナスもほとんどもらえなかったというような理不尽なことは、実際の社会の中ではよくあることです。

*2
The private rejection of unfair offers and emotional commitment.
Yamagishia. T, et al. (2009)
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 106, 11520-11523.
DOI: 10.1073/pnas.0900636106

- Illustration by Shinya Yamamoto.

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