チンパンジーが教えてくれること

  • 2010-03-04 (木)

読者の皆さんは、おそらく誰か困っている人を見たとき、自然に助けの手を差し伸べるのではないでしょうか。
また逆に、自分が何かで困っているとき誰ともなく助けてもらい、大変ありがたかったということを、一度となく経験していると思います。

こうした行動は学術的には「協力行動」の一種とみなされ、人間が複雑な社会を作り上げてきた要因の大きな一つとして考えられています。
すなわち、人が大きな建物を建てたり、高度な法体系を確立できるのも、みな他人が他人に対して協力的に振舞えるからこそ可能となったのだという基本的な考えです。

このように人間特有とされる協力行動ですが、実は人だけの専売特許ではありません。
広く生物の世界を見てみると、限定的ではありますが、動物も色々なところでお互い助け合っています。
それでは人以外の動物においてこの協力行動はどのように研究されているのでしょうか。
今日は本ブログ初の試みとして、実験参加者に人ではなくチンパンジーに登場してもらいましょう。

山本真也さんを中心とした研究グループは、京都大学霊長類研究所にてチンパンジーの協力行動に関するとてもユニークな実験研究を行いました。*1
この実験では、チンパンジーは二頭一組になって参加します。
真ん中が仕切られた檻の中に別々に入れられた二頭のチンパンジーの目の前には、大好物のジュースが置いてあります。
しかしながら、ちょっと意地悪な話ですが、彼らはそれを直接手にとって飲むことはできません。
片方のチンパンジーは、ステッキ状のものを使ってジュースの入ったコップを引き寄せることで、初めてジュースを飲むことができます。
もう片方のチンパンジーは、ストローがないとジュースが飲めない仕組みになっています。

さて、こうした実験状況を作り上げることで、チンパンジーがお互いのために助け合うことができるかということが検証できます。
と言いますのも、この実験ではこれまた意地悪なことに、実験者は、ジュースを得るためにステッキが欲しいチンパンジーに対して、本人には必要の無いストローを与えます。
一方で実験者は、ストローが欲しいチンパンジーには、逆にステッキを与えます。
つまり、仕切りで隔てられた二頭のチンパンジーがお互い無事にジュースを飲むためには、両者とも自分には必要のない道具を相手に渡さなければなりません。
果たして、チンパンジーは相手のために道具を渡すという援助行動を見せるのでしょうか。
chimp.jpg
結果は非常に興味深いものでした。
チンパンジーのペアによって、そもそも道具がお互いの間で移動する回数も異なっていたのですが、その回数に関わらず、多くの場合道具の移動は、片方からのリクエストによって生じていました。
すなわち、(あくまで人の目で見た上での推測ですが)「ジュースを手に入れるためにステッキが必要だからそっちの部屋に落ちているステッキをよこせ」、あるいは、「ストローが必要だからそっちのをよこせ」というジェスチャーを示して初めて、もう片方のチンパンジーが相手にとって必要な道具を渡すという行動が見られました。*2
逆に、ペアの相手がなにもアクションを起こしていないにも関わらず、状況を読み取って自発的に相手にとって必要な道具を渡してあげるという行動は、あまり見られませんでした。
人間ならば、相手が要求する前に気を利かせて手伝ったり助けてあげたりしますが、チンパンジーたちはあまりそういったことは行わないようです。

この実験からだけではまだなんとも言えませんが、相手の要望を推測した上で先んじて手助けできるか、それとも要求には応えられるがそれ以上のことはできないか、そのあたりに、人とチンパンジーのこころの境界線があるのかもしれません。
またそうしたこころの仕組みの差が、より高度な文明を築いた人間とアフリカのジャングルにとどまり昔ながらの生活を続けているチンパンジーの違いを生み出したのかもしれません。

いずれにせよ、進化の隣人と言われるチンパンジーの行動をつぶさに観察することで、逆に人間がなぜ現在のような社会を作れたのかを明らかにできるのではないでしょうか。
人間をより一層深く理解するためにも、この分野の研究の進展がさらに期待されます。

今回は田村が担当しました。
次回も是非お楽しみに!

*1
Chimpanzees Help Each Other upon Request
(チンパンジーは要求に対して援助を行う)
Yamamoto. S., Humle. T., & Tanaka. M. (2009)
PLoS ONE 4(10): e7416
DOI: 10.1371/journal.pone.0007416

*2
こうした行動を人間と同様の「協力行動」とみなすことは微妙なところです。
相手のためを思って助けてあげたと解釈することもできますが、「仕返しが怖いから」や「逆らえない」といった気持ちが、この行動の動機になっている可能性があるからです。ここではあくまでも「要求に対してそれに応じる行動を示した」という、事実に即した直接的な理解に留めるのが良いでしょう。

- Illustration by Shinya Yamamoto.

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