他人の痛みを感じる条件

  • 2010-05-31 (月)

皆さんは、映像や写真で他人が注射をされている場面を見たとき、まるで自分が注射をされたときのように「イタタッ」となりませんか?
こうした心理現象は「共感」の一つであり、痛みを感じている他者を助けるときの動機になっていると考えられています。
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しかも興味深いことに、脳科学研究では、自分が実際に痛みを感じるときに活性化する脳部位が、他者が感じる痛みに対しても同じように活性化することが明らかにされています。
すなわち、他人の痛みは自分にとっても「本当に」痛いわけです。
それでは、こうした痛みの共感はどんな場合にでも生じるのでしょうか。
近年の研究では、相手の性質によって、これが起こる場合とそうでない場合があることがわかってきました。

ロンドン大学のシンガーさんを中心とした研究グループは、どういう相手に対して痛みの共感が生じるのかということを、相手の「公正さ」に注目して実験的に検討しました。
この実験ではまず実験参加者は、サクラと二人一組になって、順序型囚人のジレンマゲームを行います。

順序型囚人のジレンマゲームとは簡単に言うと、まず一人目のプレイヤーがお金を相手に渡すかどうかを決め、次に二人目のプレイヤーが同じく相手にお金を相手に渡すかどうかを決めるというゲームです。
相手にお金を渡すと決めると、金額は自動的に渡した額より大きくなって相手の懐に入ります。

またサクラとは実験の意図を知っている、実験に協力する人のことを指します。
つまり一見普通の実験参加者ですが、実は実験者と内通していて、言い方は悪いですが本当の実験参加者を騙す役目を持つ人々です。
ですので当然実験参加者は、ペアの相手がサクラであることは知らず、自分と同じように実験に呼ばれた人であると思っています。

さてこの実験では、実験参加者は必ず一人目のプレイヤーになり、さらにサクラには二種類の人がいます。
一つは実験参加者にお金を渡す人で、もう一つはお金を渡さない人です。
つまり実験参加者にとって前者は公正な人であり、後者は不公正な人になります。

ここまでお膳立てをした上で、いよいよ本研究の核心である、人はどういう他人に対し、痛みの共感を示すのかということを調べていきます。
実験参加者は脳の活動を測定するfMRIという機械の中に入り、先ほどサクラとして実験に参加したペアの相手の様子を見るように指示されます。
一方、サクラには電極がつなげられ、電気ショックが与えられるようになっています。

さて、実験参加者は自分に公正に振舞った相手と、不公正な相手のどちらに、痛みの共感を示したでしょうか。
皆さんも予想がつくと思いますが、痛みに対して活動する脳部位は、やはり公正に振舞った人が痛い思いをしているのを見たときに、より強く活性化していました。
つまり人は不公正な人ではなく公正に振舞う人に対して、痛みの共感を示すようです。

さらにこうした違いには男女の差があることが同時にわかりました。
女性は自分に不公正な振る舞いを行った相手に対して多少は痛みの共感を示したのに対し、男性ではそのようなことはほとんど生じませんでした。
男性の方が、不公正な相手に対してよりシビアな態度をとるということでしょうか。

話は少々飛躍しますが、こうした研究は、人がどうして時に残虐な行動をとってしまうのかという問題を考えるときに、重要なヒントを提供するのではないかと思います。
残念ながら世間では時々考えられないような悲惨な事件が生じます。
通常の共感能力があれば、相手が痛がっている様子を見る、あるいは想像するだけで、酷い行いに対してブレーキが働くと考えられています。
しかしながらこの研究を見ると、相手を不公正な人間であると感じると、そうした痛みに対する共感能力が鈍ってしまうようです。
複雑な問題なので、たった一つの研究から解決の糸口を見つけることは難しいのですが、こうした研究の積み重ねによって、人間の本性が少しずつわかっていけばよいのではないかと思います。

今回は田村が担当いたしました。
次回もお楽しみに!

Empathic neural responses are modulated by the perceived fairness of others
(他人の公正さを知覚することによって共感的神経反応が調整される)
Tania Singer, Ben Seymour1, John P. O'Doherty, Klaas E. Stephan, Raymond J. Dolan & Chris D. Frith
Nature 439, 466-469
doi:10.1038/nature04271

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