全ては孫のために。

  • 2010-11-24 (水)

久しぶりに映画館で映画を観てきました。主役は3人の女性。と見えて、実はもっとも重要な役回りはもう一人の高齢の女性、世間的には「おばあさん」にあたる人です。彼女が影の主役といっても言い過ぎではないでしょう。

と、聞いて、みなさん、どういう映画を思い浮かべましたか?

アクションあり、爆発シーンありのハリウッド映画でしょうか。めくるめく歌とダンスで彩られたインド映画でしょうか?それとも、どことなく憂いを帯びたフランス映画?

「おばあさんが影の主役の映画」ときいて、皆さんはどういう映画を思い浮かべるでしょうか。

ヒライシが観たのは「マザーウォーター」という、京都を舞台にした映画です。もっとも、映画の中で「京都」がことさら強調されることはありません。淡々と、3人の女性(小林聡美さん、小泉今日子さん、市川実日子さん)の日常が、もたいまさこさんを絡めつつ描かれます。京都に住んで、京都で、京都を舞台にした映画を観るなんてステキだなぁと思って観に行った東夷のヒライシです。

京都、なるほど。淡々とした日常、なるほど。そう感じた方は、どれほどいらしたでしょうか。

「え?アクション無いの!?おばあさんが影の主役なのに!?」と思った方は、どれほどいらしたでしょうか。

fighting_grandma.jpg

「おばあさん」という存在の、ごく一般的なイメージは、どちらかというと前者、「京都」とか「日常」とか、そういったものに近いように思われます。ゆっくり穏やか。ケンカや暴力とは遠い存在。それが"日本人のおばあさん"の一般的な姿でもないかと思います(※1)。

それじゃぁ、地球上の全ての「おばあさん」は、穏やかで暴力とは縁遠いのでしょうか。そうでもないぞ、という研究を、今日はご紹介しましょう。荒々しい、命を賭けて戦うおばあさんたち。それも驚いたことに、日本のおばあさんです。


その前にまず「おばあさん」というのが誰か、考えてみましょう。おばあさんって誰?

世の女性を「おばあさん」と「おばあさんではない」に敢えて二分するならば、もたいまさこさんが「おばあさん」であることに異議を唱える人はあまりいないでしょう。でも小林聡美さんや市川実日子さん、小泉今日子さんを「おばあさん」に分類する人も、ほとんどいないでしょう。そんなこと言ったら、ファンから袋だたきに遭うかもしれません。それでは、「おばあさん」と「おばあさんでない」を分ける基準は何なのでしょう??

孫がいること?なるほど。それも一つの基準ですね。でもそれは「お祖母さん」の基準ではあるが、必ずしも「お婆さん」の基準ではない。お婆さんではあるけど、お祖母さんではない人は、世の中にたくさんいらっしゃることと思います。

年齢?そうですね。それは確かにそうでしょう。年齢が高いこと。じゃぁ何才からがお婆さんになるのか?昨今の日本人女性を見ていると60才は早すぎますね。じゃぁ70才?これまた諸説紛々でしょう。

おそらく万人が納得するような「おばあさん」の基準は存在しないものと思われます。しかしそう言っていては客観科学として「おばあさん」を研究することはできませんから、ここは一つ敢えて定義しましょう。それは子が居て、そして閉経を迎えていること。つまり出産経験があって、そして今は自分で出産することはない女性のこととしましょう。だからといって、この定義に当てはまる女性をみな「おばあさん」とヒライシが考えているわけではありませんので、悪しからず。あくまで、研究上の定義です。以後は、ここで定義した「おばあさん」をグランマと書くことにしましょう。

こうして定義してみると、興味深い現象が明らかになります。それは、ヒト以外の動物では、鯨類などを除き、あまりグランマが見られないことです。1つ前の「こころ学」を思い出してみて下さい。オオカワウソの高齢メスの話を紹介しましたが、あのメスはすでに自分で繁殖(出産)をしていない、いわばグランマでした。そしてグランマは1年を待たずして死んでしまいました。このように多くの動物では、寿命の続くギリギリまで繁殖(出産)をします。

でも人間は違う。人間の女性は50代ごろで閉経を迎え、以後、自ら出産することなく、さらに人生を続けます。つまり人生のそれなりの期間をグランマとして過ごします。なぜ、人間の女性は違うのでしょうか。

人間女性のグランマは、生物学的進化から考えても大きな謎とされています。ダーウィンの言った自然淘汰による進化というのは、敢えて単純に言ってしまえば、どれだけ多くの子孫を残せるかの競争です。だったら、命の続く限り、子供を産み続けた方が有利なはずなのです。なのになぜ、人間の女性は、まだまだ余力のある内に出産を止めてしまうのか。

まだまだ余力があるとか、そんな簡単に言ってくれるな。そういう女性陣の声がきこえてくる気がします。人間の出産や子育ては大変だから、早めに切り上げるのだ。それも一つの可能性です。でもその場合、生物学的進化の枠組みから考えると、「切り上げる」=「最後の子供に命を絞り尽くす」ことになりそうです。末っ子が独り立ちできるようになったら、ぱったりと寿命を迎える。そういう風に人間の生涯がなっていてもおかしくない感じがします。でも、必ずしもそうではないですよね。

寿命がのびたんじゃない?という声も聞こえますね。それも考えられている可能性の一つです。もともと人間の寿命は50年くらいで、グランマとしての人生は、現代科学の恩恵にすぎない、と。信長も人生五十年と言っているではないか。

確かにこの可能性も完全に否定されたわけではないのですが、人間の寿命は必ずしも50年程度ではないという話もあります。例えば狩猟採集生活をしている人々の「平均寿命」を見ると、たしかに50才くらいになります。でもこれは統計のトリックというものです。平均寿命というのは、産まれたばかりの赤ん坊が、あと何年くらい生きるのか?という話です。狩猟採集社会などでは、乳幼児の死亡率が高いので、それで平均寿命をみると50才くらいになるのです。しかし幼い頃に亡くなる子がいて、それで平均50才ということは、50才よりずっと長生きする人もいるということです。実際、ある調査によると狩猟採集社会でも人口の15%ほどは、70才まで生きるということです(※2)。つまりグランマは、いわゆる"現代社会"でなくても存在する。

でも、グランマがいたら助かるじゃない。子供の面倒とか見てくれるし。そう考えた方はいますか。はい。それが近年、提唱されているもう一つの仮説、その名も「おばあちゃん仮説(Grandmother Hypothesis)」です。確かにグランマたちは、自分で子供を産むことはない。しかし自分の子供たちの子育てを手伝うことで、結果として子孫を増やしているのだ、という話です。これなら、進化の話とも整合性があります。なるほど。


さて、ようやく研究紹介のイントロが終わりました。今回ご紹介するお話しは、子供と孫のために命を賭けて戦うグランマの話なのです。そして実は、人間のグランマではありません。アブラムシ(Quadrartus yoshinomiyai:ヨシノミヤアブラムシ)のグランマです。研究したのは東京大学の植松さんを中心としたグループです(※3)。

ヨシノミヤアブラムシという虫ですが、なかなか面白い生活スタイルを持っています。彼女らは"gall"と呼ばれるこぶを植物に作り、その中で生活します。最初に一匹のメス(創設者)がこぶを作ります。彼女は単為生殖で(つまりオス抜きで)、バンバン娘を産みます。この娘たちには羽がありません。そして娘がまた娘を産みますが、創設者の孫娘たる彼女たちには羽があります。そしてこぶに空けた穴から、広い世界に旅立っていくのです(少々語弊もある説明なので、詳しくは植松さんの論文などを読んでいただくのが良い思います)。

ここで問題となるのが、孫娘の旅立ちにあたって瘤に穿たれた穴です。この穴から、悪い虫(人間にとっては益虫)が入ってくるんですね。テントウムシの幼虫とか。そしてむしゃむしゃと孫娘たちを食べてしまう。

ここで立ち上がるのが、羽のない娘たちなのです

彼女らは、すでに出産を終えています。つまり定義上はグランマです。このグランマたちが何をするかというと、お尻から接着剤のようなものを出して、悪い虫にくっつきます。くっつかれた悪い虫は身動きが取れなくなり、瘤に入り込むことができなくなります。しかしくっついたグランマたちも身動きが取れません。悪い虫にくっついたままの彼女らに待ち受けているのは、ただ死あるのみです。命を賭けて子孫を守るグランマ、そんな美談が、人間にとっては害虫であるところのアブラムシの世界にも存在するのです。

しかし実は、こんな話だけで、植松さんたちの研究を終わりにしてしまうのは勿体ないのです。論文を読むと、神が宿ったとしか思えない詳細な研究が行われていることに感動を覚えます。

グランマ達が命を賭けて子孫を守っているのか。まずそこを調べるために、植松さんたちは実験をするのです。どうやるかって、グランマを人工的に取り除いた瘤を22コ、取り除いていない瘤を22コ準備して、そこにテントウムシの幼虫を侵入させます。みごと侵入に成功するか、それとも失敗するか調べてみるのですね。果たして結果は、グランマを取り除くと、テントウムシの幼虫の侵入成功率はずっと高くなりました(14/22 対 5/22)。

でも、それではまだ研究は終わりません。ここまで"グランマ"と言ってきましたが、テントウムシに引っ付いて瘤をまもるメスたちが、本当にグランマなのか調べる必要があります。つまり、彼女らが本当にもう繁殖しない、自分で子供を産まないメスなのか。それを調べるためには?植松さんたちは、瘤のまわりにいる羽のないメスを捕まえて、体の中に卵が残ってないか調べるのですね。相手はあのちっこいアブラムシです。

そして調べてみて分かったこと。これがまた驚きなのです。これらのメスたちには、確かに卵がありませんでした。そして、卵がなくなったスペースが何によって埋められていたかというと・・・。そう、悪い虫にくっつくための接着剤、分泌物が詰まっていたのです。

植松さんたちの研究論文には、グランマの体の断面写真も載っています。大きさはだいたい0.6㎜くらい。その体のほとんどが、家族を守るのための武器-分泌物-で一杯なっている姿には脅威を覚えます。それは「穏やかで平和的なおばあさん」とはとても言えない、しかしある意味で美しい、生命の一つの姿です。


こころ学、2回にわたってヒト以外の「おばあさん」を巡る研究を紹介しました。今後ともどうぞご贔屓に。

※1:もちろん「おばあさんが影の主役」であるアクションシーン満載の映画も世の中には存在します。ヒライシの頭にすぐ思い浮かぶのは、なんと言っても"天空の城ラピュタ"でしょう。ドーラ婆さんの活躍ぶりといったら。

※2:Kaplan, H., Hill, K., Lancaster, J., & Hurtado, A. M. (2000). A theory of human life history evolution: Diet, intelligence, and longevity. Evolutionary Anthropology: Issues, News, and Reviews, 9(4), 156-185. doi:10.1002/1520-6505(2000)9:4<156::AID-EVAN5>3.0.CO;2-7

3:Uematsu, K., Kutsukake, M., Fukatsu, T., Shimada, M., & Shibao, H. (2010). Altruistic Colony Defense by Menopausal Female Insects. Current Biology, 20(13), 1182-1186. doi:10.1016/j.cub.2010.04.057

植松さんご本人による研究紹介(日本語)もあります。

グランマ・アブラムシの奮闘を捉えた動画(Youtube)も発見しました。

- Illustration by Shinya Yamamoto.

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