指と科学とお相撲と(1)

  • 2011-12-02 (金)

皆さん「科学」というものに、どのようなイメージをお持ちでしょうか。

これは科学者の側の被害妄想かも知れませんが、しばしば「科学的」というと「ゼッタイに正しい」「ゼッタイとは言わないまでも、かなり正しい」と思われていたり、そこから逆に「こんな妙な話を”正しい”というのだから、科学は怪しい」とか思われることがあるように感じます。被害妄想かも知れませんが。

「科学の定義」については、色々な意見があることと思います。ただ一つ言えることは、「一人の天才科学者によって、世紀の大発見がなされる」という科学へのイメージは、しばしば誤りである、ということです。

もちろん、天才的な科学者、すごい研究者という人々は存在します。ヒライシが憧れる研究者も多くいます。それらの方々の研究を学会で聴いたり、論文で読んだりして、新たな発見に感動したり、目からウロコがボロボロ落ちることも多くあります(注1)。しかし「科学的発見」というのは、実はそこでは終わらないのです。という話を、今日は御紹介したいと思います。

指とこころは関係する?

遡ること1990年代。ある研究者が驚くべき仮説を提唱しました。「指」と「こころ」が関係するというのです。

「からだ」と「こころ」が関係するということは、必ずしも突拍子もない話ではありません。たとえば人間以外の動物の世界をみると、体の大きなオスと、体の小さなオスでは、メスへのアプローチの仕方が違うという話が稀ではありません。大きなオスは複数のメスを独占しようとしますが、小さなオスは、大きなオスの”ハーレム”にこっそりと忍び寄るといった塩梅です。それは人間以外の動物の話でしょう?と言われればその通りですが、人間でもまた、別の形で体格と行動、「こころとからだ」の関係を示した研究はあります。

しかし指とは?体の中でも敢えて特に指が重要というのは、どういう意味でしょう?ゴツイ指をしている男性はハーレムを作るとでも言うのでしょうか。

”人差し指と薬指の長さ。それが問題だ”

提唱者はマニング(John T. Manning)さん。研究の多くは共同研究者とのものなので、マニングさん一人が提唱者であると言うのは不適切かもしれませんが、一連の”騒動”の”首謀者”であることは間違いありません。彼は主張を端的に言うと、こういうことです。「人差し指と薬指の長さ。それが問題だ」(注2)

みなさん、ご自分の人差し指と薬指の長さをみてみて下さい。「長さ」とは、指の先から、指の付け根のシワのうち、一番下(指先から遠い方)までの長さのことです。定規で測ってくれる人がいたら、実際に測ってみても良いと思います。もっと楽なのは、手のひらのコピーをとってみて測るというやり方で、実際、研究の多くはこの方法で「指の長さ」を測っています。

右手と左手、どちらを測ったらよいの?良い質問です。いろいろな研究結果があるのですが、総じて右手のほうが良いようです。

人差し指と薬指の長さを測ったら、こんどはその2つを比べてみましょう。みなさんの人差し指と薬指は、どっちの方が、どれくらい長いでしょうか?

実はヒライシもこの手の研究をしていまして、そのデータを見ると、日本人の場合、男女問わず人差し指のほうが短いという人が多いようです。しかし「男女問わず」というのがポイントで、どれくらい人差し指のほうが短いのか、きちんと長さを比べてみると、男性のほうが、人差し指が短い傾向があるのです。

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もっと具体的に言いますと、ヒライシが取らせて頂いたデータによると、女性の右手の人差指は、平均して、同じ手の薬指の約96%の長さでした。対して男性は約95%の長さでした。ほんの少しですが、男性のほうが「人差し指が短い」ことが分かります。外国のデータですと、女性の100%にたいして男性は98%といったデータが報告されていたりします(注3)。

そんな、たった1%とか2%の小さな差にどれくらいの意味があるのか?と疑問に思った方もいるでしょう。

たしかに小さな違いなのですが、非常に重要なのは、この違いが「頑健である」ということです。「頑健」とか「ロバスト(robust)」は、研究者がしばしば使う単語の一つですが、要するに、何回調べてもちゃんと出てくる、ということです。誰かが1回だけ見つけたというのではなく、多くの研究者・研究グループがあちこちで調べてみても、やっぱり見つかる。そういうことです。そして2本の指の長さの比の性差も、頑健な結果の一つです。膨大な量の研究が行われていますが、ほとんどの場合、小さいながらも性差が見つかります。そして男性のほうが人差し指が短いのです。英語では人差し指を「2番目の指(2nd digit)」、薬指を「4番目の指(4th digit)」と呼ぶことから、この指の比は"2nd to 4th digit ratio"または省略して"2D:4D"(ツーディーフォーディー)などと呼ばれます。

指は母親の胎内を映す鏡?

男性は人差し指が(薬指に比べて)短い。なぜ、こんなことが起こるのでしょうか。どうもここには、母親の胎内での環境が影響しているらしいのです。人間を含めた哺乳類の体は、胎内で”男性ホルモン”とか”女性ホルモン”といった化学物質に曝されることで、「オス」とか「メス」に育ちます。もともと受精卵はまんまるで同じ形をしているわけですから、オスメスが異なった形で成長するためには、何か仕掛けが必要です。その仕掛けの一つが性ホルモンということです。そして面白いことに、母親の胎内で男性ホルモンをより多く浴びて、女性ホルモンをより少なく浴びると、人差し指が短くなるというのです。

なぜそんなことが分かるのか。実は指の長さの比に性差があるのは、人間だけではないのです。ネズミやトリでもある。そこでネズミの胎児の指の長さを測ったり、さらに踏み込んで、妊娠中のネズミに性ホルモンを投与したりといった研究が行われてきました。その結果、母親の胎内で、女性ホルモンより男性ホルモンを多く浴びると、人差し指が短くなる、ということが分かってきたのです。

しかも指の長さの比は、誕生後はあまり変わらないということも分かって来ました。三つ子の魂どころか、赤子の指は百までということでしょうか。つまり指の長さの比は「ある人・ある動物が、お母さんのお腹の中で、どんな経験をしてきたのか」ということの目印になるのです。

ここまでの話を整理しておきましょう。男性は女性と比べ、人差し指が(薬指に比べて)短い。胎内で男性ホルモンを浴びると、胎児は「オス」になる。胎内で男性ホルモンを多く浴びると、人差し指が(薬指と比べて)短くなる。

男っぽい指に、男っぽいこころが宿る?

マニングさんが大胆だったのはこの先です。この3つをあわせてマニングさんは「人差し指の長さが、男っぽさと関係するのではないか」と提唱したのです。薬指に比べて人差し指が短い人は、胎内で男性ホルモンを多く浴びてきたのだから、より”男っぽい”からだや、”男っぽい”こころを持っているのではないだろうか。こう仮説を立てたのです。

なぜ「からだ」だけでなく「こころ」のことまで入ってくるのでしょうか。

「生物学的な男は、男っぽい心を持つ」とか、そんなことを信じている研究者は、今はおそらくほとんどいないと思います。しかし他方で「育て方次第、または環境次第で、誰でも男っぽくも女っぽくもなる」というのもまた、極論でしょう。実際には、持って生まれたものと、経験してきたこと、その掛け合わせで「人となり」は決まってきますし、さらに生涯を通じて変化もしていくものでしょう。

そして人の成長において、母親の胎内での環境というのは、無視し得ないものと言えます。生物は最終設計図に合うよう作られる工場製品のようなものではなく、遺伝子と環境の交互作用を通じて「育つ」ものです。”何事も始めが肝心”と言いますが、生命の成長・発達についても同じことが言える面があってもおかしくありません。子どもの成長のもっとも最初の段階、胎内においてどのような環境を経験してきたか、ということが、その子の個性に影響を与えるのではないか?と仮説を立ててみることは可能です。

そこに持ってきて、指の長さと胎内での性ホルモンの関係です。胎内での性ホルモンがオス化・メス化に大きな影響を持っていることは分かっている。指の長さが胎内性ホルモンとかかわることも分かっている。それなら、指の長さが、男っぽさ・女っぽさとかかわっているんじゃないのか?そう仮説を立ててみたわけです。

仮説を立てるだけならお安いもので、それだけでは科学になりません。仮説を「検証」する必要があります。そこでマニングさん、あの手この手で仮説の検証を始めました。例えば「指の長さと、精子の活発さに関係があるんじゃないのか?」(注5)という仮説を立てて、男性的指をもつ男性ほど、受精力が強いなんて論文も出しています。不妊治療クリニックとの共同研究だったようです。

「地図の読めない女、話を聞かない男」などという本がありましたが、空間認知能力に性差があることも知られています。レゴみたいなブロックで作られた形を見て、反対からみたらどう見えるか答えたり、4つに折った紙に穴を開けて、開いたらどんな形になるか答えたり、そんな能力ですね。もちろん個人差はありますが、平均値で見ると、男性のほうが優れている。だから指が男性的な人は、空間認知能力も高いのではないか。たくさんの人にテストを受けてもらって、指の長さも測ってみよう(注6)。

オリンピックの競技構成を見れば明らかなように、身体能力を含めた総合的なスポーツ能力は(平均すると)男性の方が優れています。でなければ、陸上から団体競技まで、ほとんどの競技が男女別にわかれていることが説明できません。じゃあ、指が男性的な人ほど、スポーツ能力が優れているのではないか。よし、サッカー選手の指の長さを測ってみよう。上位リーグの選手ほど、指が男っぽいのではないだろうか(注7)。

男の方が”荒っぽい”というのもまた、ある側面を見れば、事実ではあります。犯罪統計などを見れば、男性のほうが殺人や傷害を犯す確率も、その被害者となる確率も高いことが分かります。もちろん”荒っぽさ”や”攻撃性”の定義の問題はあります。女性は体をつかった攻撃はしないけれど、”口撃”はするのだ、という話もあります。それはそれとして、まずは質問紙で攻撃性を測ってみて、指の長さも測ってみよう。そんな研究もあります(注8)

男性の大きな特徴の一つは「総じて女性が好き」ということです。別に男はいつも女性のことばかり考えている、という意味ではありません。性的な関係の対象として、女性に興味のある男性が、多数派である、ということです。逆に言えば、個人差もあるわけで、少し同性にも興味のある人、同性異性とも同じくらい興味のある人、同性にだけ興味のある人などもいるわけです。そこから、男性的な指をもっている人ほど、男性的な性的指向(すなわち女性愛)を持っているのではないか。逆に、女性的な指を持っている人ほど、男性愛指向なのではないか、といった仮説を立てて、多くの協力者に性的指向を尋ね、指の長さを測るなんて研究も行なっています(注9)。

マニングさんは、これらの検証の多くで勝利しました。つまり、仮説から予測されたような「指の男っぽさと、からだ・こころの男っぽさ」の関係が見られたのです。

すごい!すばらしい発見だ!

そうなるでしょうか。そうはならないのが、科学です。

世の中そこまで甘くはない。または面倒くさい科学

確かにマニングさんは、自分の仮説を支持する証拠を多く報告しています。でもそれは、何かの間違いかもしれない。マニングさんにとって自分の仮説は大事なものですから、それを支持する証拠に目が行くことは多いでしょう。研究者だって人間ですから、どうしようもない弱さもある。そこで今度は、他の研究者たちが、本当に言われているような関係が見られるのか、こぞって追試を始めるのです。

こうした「追試」という手続きは、科学においてとても大事なもので、これこそが冒頭で「科学は一人の天才によってなされるのではない」と書いたことの意味でもあります。最初の発見をもたらすのは天才かもしれません。しかし発見が本当に天才的なものなのか、偶然に過ぎないのか、多くの研究者による追試があって初めて、その発見が「科学的に正しい」と認められるに至るのです。

アイディアや発見が、あまりにも既存の知識や価値観と違うときには、それが他の科学者によって受け入れられるのに時間がかかることも少なくありません。地動説や自然淘汰理論などは、特に有名な例と言えます。しかし、こうした抵抗があることをもって、科学という手続きを非難するのは間違いです。それは、特定の個人の智慧に頼るのではなく、多くの人間の知恵を持ち寄って真実を明らかにしていく、いわば”民主的な知の手続き”のための、必要悪とも言えるものです。

閑話休題。指の話に戻りましょう。マニングさんの仮説は果たして、研究者集団による検証に耐えたのでしょうか。まだ最終的な結論は出ていませんが、部分的には耐えそうだ、というのが現状です。

指の話のようにセンセーショナルな仮説は、多くの追試をもたらします。そうすると、仮説を支持する追試結果もあれば、支持しない結果が出てくることもあります。そこで、膨大な量の追試結果をまとめるメタ・アナリシスという分析が行われます。例えばある仮説について、A,B,C,Dという4つの追試結果があったとしましょう。A,B,Cは仮説を支持する結果。Dは追試を支持しない結果だったとします。そこから「3対1で仮説の勝ち!」と言えるでしょうか。必ずしもそうではないのが難しい所です。たとえばA,B,Cはそれぞれ20人を調査した結果。対してDは1000人を調査した結果だったとしたら、どうでしょう。人数比で言うと、60対1000で「仮説の負け!」とも言えそうです。語弊はありますが、メタアナリシスは、こうしたややこしい話をまとめるための手法です。

マニングさんの指仮説にも多くの追試が行われています。仮説の提唱から10年以上が経ち、ずいぶんと追試研究の数も増えてきたので、ここ数年でさまざまなメタ・アナリシスが行われています。それらをまとめると、だいたい次のようになっているようです。

・指と空間認知の関係は全く見られない(注10)。
・指と攻撃性の関係はほとんど見られない(注11)。
・指とスポーツ能力の関係はあるようだ(注12)。
・指と性的指向(同性愛・異性愛)の関係もあるようだ(注13)。

当初の仮説は、部分的とは言え、検証に耐えていると言えるでしょう。

このように面倒くさい手続きを経て、「科学的な知識」というのは積み重ねられていくのです(注14)。

そして指の長さについて、最近、日本の伝統文化との関連を示す研究が発表されました。次回は、その話をご紹介したいと思います。

注1: この原稿は英国ランカスター大学出張中に書いているのですが、そこでも何回も、新発見の感動を味わいました。

注2: ヒライシの意訳であり、マニングさんの論文にこのような記述があるわけではありませんことをお断りしておきます。

注3: 言うまでもないことですが「平均値」ですから、中には人差し指のほうが長い男性(つまり100%以上の男性)とか、人差し指がはっきりと短い女性(例えば95%とか)とかもいます。

注4:原典まで調べられていないのですが、Wikipediaによると、19世紀後半から、この性差は知られていたようです。

注5: Manning, J., Scutt, D., & Lewis-Jones, D. (1998). Developmental stability, ejaculate size, and sperm quality in men. Evolution and Human Behavior, 19, 273-282.

注6: Peters, M., Manning, J. T., & Reimers, S. (2007). The effects of sex, sexual orientation, and digit ratio (2D:4D) on mental rotation performance. Archives of Sexual Behavior, 36, 251-260. doi:10.1007/s10508-006-9166-8

注7: Manning, J. T., & Taylor, R. P. (2001). Second to fourth digit ratio and male ability in sport: implications for sexual selection in humans. Evolution and Human Behavior, 22, 61-69. doi:10.1016/S1090-5138(00)00063-5

注8: Austin, E. J., Manning, J. T., McInroy, K., & Mathews, E. (2002). A preliminary investigation of the associations between personality, cognitive ability and digit ratio. Personality and Individual Differences, 33, 1115-1124. doi:10.1016/S0191-8869(02)00002-8

注9: Manning, J. T., Churchill, A. J. G., & Peters, M. (2007). The effects of sex, ethnicity, and sexual orientation on self-measured digit ratio (2D:4D). Archives of Sexual Behavior, 36, 223-233. doi:10.1007/s10508-007-9171-6

注10: Puts, D., McDaniel, M., Jordan, C., & Breedlove, S. (2008). Spatial ability and prenatal androgens: Meta-analyses of congenital adrenal hyperplasia and Digit Ratio (2D:4D) Studies. Archives of Sexual Behavior, 37, 100-111.

注11: Honekopp, J., & Watson, S. (2011). Meta-analysis of the relationship between digit-ratio 2D:4D and aggression. Personality and Individual Differences, 51(4), 381-386. doi:16/j.paid.2010.05.003

注12: Honekopp, J., & Schuster, M. (2010). A meta-analysis on 2D:4D and athletic prowess: Substantial relationships but neither hand out-predicts the other. Personality and Individual Differences, 48(1), 4-10. doi:10.1016/j.paid.2009.08.009

注13: Grimbos, T., Dawood, K., Burriss, R. P., Zucker, K. J., & Puts, D. A. (2010). Sexual orientation and the second to fourth finger length ratio: A meta-analysis in men and women. Behavioral Neuroscience, 124, 278-287. doi:10.1037/a0018764

注14: 指の長さの比にかんする論文のリストをここから見ることができます。

- Illustration by Shinya Yamamoto.

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