亀の甲より年の功

  • 2011-12-03 (土)

皆さんは年を取るということにどういうイメージを持っているでしょうか。
記憶力は衰え,思考能力は鈍くなり,気力も低下する,といったネガティブな印象を持たれるかもしれません。
ところが実際はそうとばかりは言えないようです。
今日は,老人たちが若者たちよりも的確な判断を行っているということをお話ししたいと思います。

Texas A&M UniversityのWorthyさんたちは,老人が若者よりも効率よく意思決定を行っているだろうという仮説を立てました。*1
老人には長い年月培ってきた経験があり,過去の経験を活かして無駄なことはしないはずだからというのが,この仮説の根拠です。
このことを証明するために,Worthyさんたちは2つの心理学実験を行いました。
どちらの実験も,複数の選択肢から一つを選ぶということを何回も繰り返す簡単なもので,選択の仕方で実験の参加報酬が決まります。

1つ目の実験では4つの選択肢があり,そのうち2つは高いポイント,残りの2つは低いポイントとなっています。
うまく高いポイントの選択肢を選ぶと6点から10点を得られ,低いものを選ぶと1点から5点しか獲得できません。
この選択を全部で80回繰り返すのですが,前半と後半で高いポイントを得られる選択肢が入れ替わります。
仮に4つの選択肢をa,b,c,dとして,前半ではaとcの選択肢が高いポイントであるのに対し,後半ではbとdが高くなります。
aとcの選択肢は,後半では低いポイントに代わってしまいます。

Worthyさんたちはこのような課題を,若者と老人にそれぞれ行ってもらいました。
老人グループは60歳から84歳の男女28名,若者グループは18歳から23歳の男女28名でした。
老人と若者の教育を受けた年数はそれぞれ17年と15年で,ほとんど違いはありません。

それではこの実験はどのような結果となったでしょうか。
勝敗の軍配は若者に上がりました。
若者たちが平均522ポイントを稼いだのに対し,老人たちは506ポイントにすぎず,両者の間には統計的に有意な差が認められました。

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やはり年を取るとともに,判断能力は衰えてしまうのでしょうか。
Worthyさんたちはそうは考えません。
この1つ目の実験は実験中に突然状況が変わるという,過去の経験が活かせないタイプのものでした。
過去の経験が活かせる状況でこそ老人の力が発揮されるというのが,Worthyさんたちの考えです。
そこで,このことを証明するために2つ目の実験を行いました。

2つ目の実験は,1つ目と比べて少々状況が複雑です。
1つ目の実験では自分が行った選択が状況を変えるというはなかったのですが,2つ目の実験では自分の選択により状況が変わるという設定となっています。
例えば,1回目にaという選択を行ったとして,2回目にも続けてaを選択すると,1回の選択で得られるポイントが増加します。
一方bという選択を繰り返し行うと,その分だけ1回ごとに得られるポイントがどんどん減っていってしまいます。
1回目にaを選択すると30ポイントが手に入り,2回目にも続けてaを選択するとその回では35ポイントを獲得できるという具合です。
この実験では,こうした法則性があることにどれだけ早く気付くことができるかが,高い報酬を得られるかどうかの分かれ目となります。

この実験でも,最初の実験と同じような年齢の老人グループと若者グループに,課題を行ってもらいました。
そして実験の結果は,1つ目のものとは正反対になりました。
老人グループが獲得したポイントが,若者グループよりも上回ったのです。
さらに,老人グループの方が,実験の法則性により早く気付いていたことも明らかになりました。

illust_20120109-2.jpg

以上の2つの実験から,判断能力と加齢の関係について次のようなことが言えるのではないでしょうか。
周りの環境が自分の行動とは無関係に突然変わる1つ目の実験では,若者グループの方が高い成績を示しました。
これは若者の環境に対する高い順応性を示しているのかもしれません。
逆に,老人が環境の急激な変化になかなかついていけないという事実を示唆する結果とも言えます。
一方で,周りの環境の法則性にいち早く気付くことで高い成績を得ることができる2つ目の実験では,老人グループの方が有利でした。
老人は長い年月をかけて身に着けてきた経験があるからこそ,環境の中の法則性を効率的に見つける能力に長けているのかもしれません。

近年老人力という言葉が注目されています。
誰もが「老い」という宿命から逃れることはできません。
しかし,若者では対応しきれない物事に対して,深い経験に裏打ちされた老人パワーが発揮されることで,社会はより活性化するのではないかと思います。
また自分が将来老いた時に,社会がそのような能力を活用できる場になっていればいいなと願っています。

*1
With Age Comes Wisdom
Decision Making in Younger and Older Adults
Darrell A. Worthy, Marissa A. Gorlick, Jennifer L. Pacheco, David M. Schnyer and W. Todd Maddox
Psychological Science November 2011 vol. 22 no. 11 1375-1380
doi: 10.1177/0956797611420301

- Illustration by Shinya Yamamoto.

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