田中暁生教務補佐員が包括脳ネットワーク夏のワークショップで若手優秀発表賞を受賞しました
こころの未来研究センターの田中暁生教務補佐員が、2012年度包括型脳科学研究推進支援ネットワークの夏のワークショップで若手優秀発表賞を受賞しました。
包括脳ネットワークは、文部科学省より科学研究費補助金を受け、日本の脳科学研究を推進し社会に貢献することを目的とした新学術領域研究の制度です。特に若手脳研究者の育成を目指した各種取り組みが行なわれています。
夏のワークショップでは、若手研究者によるポスター発表の中から特に優れた発表に対して、若手優秀発表賞が表彰され、146名の応募から27名が受賞しました。今回、田中教務補佐員は「短期記憶におけるサル外側前頭前野の機能的役割に関する新知見」という発表が評価され、システム神経科学分野で受賞に輝きました。
受賞した田中教務補佐員に、自己紹介ならびに研究活動の内容、今回の受賞のよろこびと抱負について話してもらいました。若手脳科学研究者の取り組みを知っていただく機会になれば、と思います。
こころの未来研究センターでの活動内容について。
現在は、こころの未来研究センター船橋新太郎教授の研究室で教務補佐員をしています。本研究室では、主にニホンザルやアカゲザルを対象とした電気生理学的実験を行うことで、特定の認知機能に関わる神経機構を明らかにすることを目的として研究が進められています。研究対象となる認知機能は様々ですが、私は特にメタ記憶と呼ばれる機能に着目して研究を行なっています。
夏のワークショップへの参加の理由、動機。研究者にとっての位置づけなど。
今回のワークショップは、包括型脳科学研究推進支援ネットワークが主催し、脳科学研究に関連する様々な組織が共催するイベントです。包括脳ネットワークは、脳科学研究に携わる多様な研究者が一堂に会し、国内における脳科学研究の推進や研究支援の枠組み、また先端技術の開発や若手研究者の育成など、種々の事項について協議する場であると理解しています。
ワークショップに参加した理由は多岐に渡りますが、最も大きな理由は、自分が現在行なっている研究に対する他者からの意見や批評をできるだけ早く聞きたかったからです。私は、今回発表した研究成果をもとに、現在論文を作成しているのですが、論文の完成度を高める上で、所属研究室外の方々からの様々な視点に基づくフィードバックは大変参考になります。結果的に、色々と有益な助言を頂くことができましたので、やはり参加して良かったと思います。
受賞した研究発表のタイトルと内容について。
研究発表のタイトルは「短期記憶におけるサル外側前頭前野の機能的役割に関する新知見」です。
これまで多くの研究により、ある情報をサルが短期間記憶し続けている時に、その情報を反映するかたちで持続的に活動する神経細胞が、外側前頭前野という脳領域に多数存在することが報告されてきました。この活動は、短期記憶の神経基盤であると考えられています。
しかし、これまでの研究では、この活動が関与する短期記憶過程が、ヒトにおける顕在記憶と潜在記憶のどちらに対応するのかが不明瞭でした。顕在記憶と潜在記憶の違いを簡単に説明しますと、ある情報を顕在記憶として保持した場合、自分がその情報を憶えているか憶えていないかという主観的判断と、実際に記憶テストを受けた時に正解するか不正解になるかという客観的成績がよく一致しますが、潜在記憶として保持した場合は、憶えているという感覚が生じないにもかかわらず、記憶テストには高い確率で正解することができます。つまり、顕在記憶と潜在記憶を区別する際には、記憶テストの成績を見るだけでは不十分であり、特定の情報を憶えているか否かを正しく判断できるかどうかという点が重要になります(ちなみに、この判断を行なう能力をメタ記憶といいます)。
今回の研究ではこの点に着目し、サルに特定の情報を短期間記憶させた後に、テストを受けるか回避するかをサル自身に選択させる条件と、テストを強制する条件を導入した行動課題を用いて実験を行ないました。サルが顕在記憶を利用していれば、テストを強制された時の正答率よりも、自分からテストを受けた時の正答率の方が高くなると予想されますが、結果はその通りになりました。
また、上述した外側前頭前野の神経活動が保持する記憶情報の強度が強い時にサルはテストを受け、弱い時にテストを回避する傾向があることが見出されました。さらに、ムシモールという薬物を用いて、外側前頭前野の機能を局所的に脱落させたところ、テストを強制された時と自分からテストを受けた時の両方で記憶成績が低下しましたが、その低下の度合いは自分からテストを受けた時の方が小さいことが分かりました(テストを回避する割合は上昇したので、正解する自信がない時にはテストを受けなかったと考えられます)。
これらの結果から、サル外側前頭前野の神経活動が関与する短期記憶過程は、ヒトにおける顕在記憶と機能的に類似したものであると結論しました。
本研究の結果は、ヒトにおける顕在記憶やメタ記憶といった、意識や内省などと密接に関わる認知機能の神経基盤や進化的基盤を解明するためのヒントになるかも知れません。
受賞の感想と、今後の抱負について。
賞を頂けたということは、少なくとも審査を担当されていた方々は本研究を好意的に評価して下さったということなので、率直にうれしく思っています。ただし、今回発表した内容はまだ論文として世に出たわけではありません。本研究に対するより正確な評価が下されるのは、論文投稿後の査読過程時、及び採択後により多くの研究者が論文に目を通した時だと思います。
今後の目標は、なるべく多くの研究者の目に留まるよう、できるだけ質の高い学術雑誌に論文を掲載することです。
■包括脳ネットワーク「若手優秀発表賞」のページ
https://www.hokatsu-nou.nips.ac.jp/?page_id=2184
2012/08/06