【令和2年度 一般公募プロジェクト】ケアの認知心理学
研究課題 ケアの認知心理学
研究代表者 布井雅人 聖泉大学人間学部 講師
本センター担当教員 上田祥行 京都大学こころの未来研究センター 特定講師
連携研究者 吉川左紀子 京都芸術大学文明哲学研究所 所長
中澤篤志 京都大学大学院情報学研究科 准教授
本田美和子 東京医療センター 総合内科医長
高齢化が進む現代においては、ケアの重要性が増してきている。また、高齢者でなくとも、病気や怪我で看護などの他者の助けを必要とすることもある。このような介護・看護などの対人援助場面において重要となるのが、コミュニケーションに基づいた援助者と被援助者の良好な人間関係であると考えられる。実際に、認知症ケアに効果があるとされているユマニチュードというケアメソッドにおいては、相手をしっかりと見つめることや、話をすること、相手に触れるなどのコミュニケーションを通して、被援助者に対して「あなたを大切に思っています」というメッセージを伝えることが重要視されている (本田・ジネスト・マレスコッティ, 2014)。
このようなコミュニケーションの中でも、言語情報に付随して相手に伝達される非言語情報は、受け手の感情状態や、対人印象などに大きな影響を及ぼすと考えられる。例えば、話をする際に目を見て話すかどうかや、表情・声のトーンなどによって、同じ内容でもそこから得られる印象は大きく異なる。このような非言語情報の感情状態や対人印象への影響については、視線方向や表情などの発せられる非言語情報の違いや、魅力度や性別・年齢といった非言語情報を発する相手の要因の違いなどの観点から多くの研究が行われてきた。
しかし、これらの研究のほとんどは、椅子に座った状態で目の前のモニタやスクリーンに呈示される刺激 (人物画像や動画) を見るという一般的な認知心理学実験手法で行われている。一方で、対人援助場面においては、ベッドに寝ている被援助者や、車椅子を押されている被援助者とのコミュニケーションが行われることも多い。このような被援助者の体勢や状況は、非言語情報の受け取られ方や、非言語情報の影響の仕方に影響する可能性が考えられるが、それらについての研究はほとんど行われていない (布井・中澤・吉川, 2019)。
そこで本研究では、対人援助を想定した場面における非言語情報の影響を、認知心理学的な実験手法を用いて検討することを目的とする。具体的には、非言語情報を発している他者刺激 (静止画・動画) を、実際にベッドに寝たまたは座った状態の実験参加者に呈示し、感情状態や他者の印象についての評定を求める。これによって、対人援助場面において、被援助者が他者が発する非言語情報をどのように受け取っているかについて検討する。さらに、呈示される他者の顔画像の距離を操作し、その影響を明らかにする。これによって、ケアの熟達者が実践する対人距離 (Nakazawa, Mitsuzumi, Watanabe, Kurazume, Yoshikawa, & Honda, 2019) が、非言語情報の受け取りにどのような影響を及ぼしているのかについて検討する。
本研究は、ケア場面における非言語情報の影響についての基礎的知見を提供するものである。このような検討は、従来の心理学研究や介護・看護研究では行われてこなかったものであり、より良いケアメソッドについての科学的根拠を提供するものであると言える。また、介護・看護といった対人援助場面においてロボットや人工知能 (AI) の導入が進むと予想される中、人間にしかできない人と人との関係性の構築や対人コミュニケーションの重要性を示す心理学的な基礎データが得られるとも考えられる。