【教員提案型連携研究プロジェクト】出生をめぐる医療と倫理 (『現代の生き方』領域)
【平成26年度 教員提案型連携研究プロジェクト】出生をめぐる医療と倫理 (『現代の生き方』領域)
研究代表者
カール・ベッカー 京都大学こころの未来研究センター 教授
センター参画
Laura Specker 京都大学こころの未来研究センター 外国人研究者
中嶋 文子 京都大学人間環境学研究科 大学院生
澤井 努 京都大学iPS細胞研究所上廣倫理研究部門 研究員
赤塚 京子 京都大学人間環境学研究科 学振特別研究員
(教員提案型)
生殖補助医療技術の進歩および幹細胞研究の進歩に伴い、生殖に関連する倫理的問題が注目されるようになっている。本研究プロジェクトは、文献研究および調査研究のそれぞれの観点から出生をめぐる倫理を広く考えることによって、生殖に関わる倫理的問題の議論の方向性を示唆したい。
生殖に関する倫理的問題を考えていく上では、倫理学的な検討のみならず、現場や市民の視点の検討も重要である。なぜなら、倫理的に許容されうる価値観が必ずしも現状の人々の価値観と一致するとは限らず、その逆もまた然りだからである。たとえ何らかの生殖補助技術の利用が倫理的に正当化できたとしても、その生殖補助技術の利用に対して、現実社会が違う価値観を抱く事が容易に想像できる。このような倫理的な判断と現状との乖離に目を向けながら、現実的な解決を視野に入れた議論をしていくことが今後ますます必要となるであろう。
そこで、本研究では、①「生殖における善行」原則(Principle of Procreative Beneficence)に関する議論の動向を押さえることを目的とした文献研究、②HPVワクチン接種にあたっての意思決定に影響を与えると考えられうる親子間の性に関する知識と、その共有についての調査研究を行うことによって、出生をめぐる倫理の一端を明らかにしたい。
①「生殖における善行」原則の議論に関する英米学術誌の動向 (澤井、赤塚)
現在、出生前診断や着床前診断に対する国内の社会的関心が強まっている。しかしその国内の議論は、英米圏で既に深まっている議論を十分に検討しているとは言えない。本研究では、英米圏を中心に、近年活発に議論されている「生殖における善行」原則(Principle of Procreative Beneficence)に焦点を絞り、生殖倫理の理解を深めていく。
なお、本研究で扱う「生殖における善行」原則とは、親には着床前診断(PGD)や体外受精(IVF)という医療技術を用い、最善の子どもを儲ける道徳的義務があるという主張である。「生殖における善行」原則に対しては、これまでも様々な議論が戦わされており、その議論を分類した研究も見られる。(既述のマイケル・パーカーの論文もその内の一つである。)
具体的な手順としては、「生殖における善行」原則の問題点やその課題を整理している文献を参照しながら、近年の英米圏の学術雑誌の論文をカテゴリー分けし、文献のレビューを行う。本研究では、「生殖における善行」原則に関する英米圏での議論を汲み取ることで、日本における今後の「生殖性に関わる医療と倫理」の議論の一助に貢献したい。
②HPVワクチンの普及(中嶋)
近年、子宮頸がんによって妊孕性を失う若年女性の増加が指摘されている。女性の生殖能を守る視点から、調査研究で得たデータを基に、HPVワクチン接種の意思決定を考えていく。
現時点では、子宮頸がんの発症リスクを減じ、思春期女子の将来的な妊孕性を守るために、HPVワクチンの接種を促すことが重要であると考える。ただ、HPVワクチンは性交を経験する前の思春期女子への接種が推奨されている。しかし、副反応への不安、ワクチンの接種だけではすべての子宮頸がん予防ができないこと、子どもへの説明が難しいことなどから、ワクチンの接種を断念する親は少なくない。HPVワクチンの接種に関する倫理的問題は、例えば次の様なものを含む。
1)客観的なメリット(予防)対デメリット(不完全性、副作用、リスク、コスト)
2)決定者(親)のワクチンに関する情報不足や、病院等との信頼不足・関係不足
3)決定権のズレ: 決定権は親にあるのに対して、受容者は子どもであること
4)親子関係:思春期の性生活に関する親の認識不足と、親子コミュニケーション不足
ワクチンのメリットとデメリットを比較した上で、保護者がワクチン接種の意思決定を下すが、小児(思春期の子ども)へのワクチン接種はその保護者の意思決定が鍵となる。性感染症予防に関連するワクチンを子どもに必要と考えるか否かは、親の価値観や子どもに対する認識に左右される。
親の考え方や決定根拠(または不足)を調べるために、記述式アンケート調査を実施し、「性に関する情報源と知識、および親子で話すこと」に関する思春期女子とその母親へのインタビュー調査を実施する予定である。
2014/10/07