負の感情研究――怨霊から嫉妬まで (『負の感情』領域)
研究代表者
鎌田東二 京都大学こころの未来研究センター 教授
連携研究員
大石高典 こころの未来研究センター特定研究員 生態人類学・理学修士
長谷川敏彦 日本医科大学教授 医療人類学・医学博士
共同研究員
奥井遼 京都大学大学院 身体論・近現代思想、修士
和崎聖日 日本学術振興会PD研究員 文化人類学・人間・環境学修士
センター参画
畑中千紘 こころの未来研究センター特定研究員 臨床心理学、教育学修士
近藤恵 こころの未来研究センター特定研究員 ターミナル・ケア論、博士(人間・環境学)
人間の「こころ」のはたらきの中で特に大きな影響を及ぼすのが「負」の感情である。「負」の感情には、例えば、怒り、憎しみ、恨み、嫉みなどさまざまあるが、その「負」の感情をコントロールすることは容易ではなく、「攻撃」に代表される社会的行動の最も強力な「動機」となり得るとされてきた。本研究では、これまで「負」とされてきた感情を、「正」の感情との相補的な関係や、「正」の感情との可換性を手掛かりに、同時代の諸社会における参与観察と様々な時代の文献解釈を往還しつつ分析し、野外研究、文献研究のみならず、実験研究、臨床研究も加え、それら四つの研究手法を戦略的に組み合わせてアプローチしていく。具体的には、まず、中央アフリカのピグミー系狩猟採集民および中央アジアの遊牧民を対象に、これまで「嫉妬」と呪術ないし宗教実践の関係についての報告がほとんどない狩猟採集や遊牧社会における「嫉妬」のあり方について、現代日本を含むより「複雑な」社会体制における「嫉妬」のあり方との比較を念頭に実証的に再検討する。これにより得られた仮説を、農耕以後の北東アジアの諸社会における社会怨霊、祟り、怨念、復讐などの歴史民俗事例に関する文献記述を批判的に見直し、再解釈を行う。以上より得られた視角を、文学・音楽・演劇・舞踊などに表象されてきた「負」の感情表現(例えば、『源氏物語』『平家物語』、世阿弥の複式夢幻能、夏目漱石、遠藤周作、大江健三郎、などの作品)に応用し、「負」の感情の克服に芸術が通時代的に果たしてきた役割を解明する。さらに、怒りの感情表現の臨床研究や実験研究などを行う。仏像の憤怒相などの表情研究を含め、怒りなどの表情の認知心理学的実験研究や、「負」の感情の表れとされる表情による意思伝達の文化差の研究や、ネット社会における攻撃性の増殖について社会心理学的研究や、精神医学や臨床心理学に基づく研究も行ってゆく。また、これらの文献・フィールド・実験・臨床による基礎研究を踏まえて、「負の感情」をコントロールする技法を研究し、その基礎研究を応用研究に結びつけてゆく。
2010/04/14