プロジェクト2 伝統知・倫理思想領域
アジアと日本の精神性、幸福感、倫理観
研究代表者
熊谷 誠慈 上廣倫理財団寄附研究部門 准教授
概要
産業革命以降、人類は科学や経済の分野において大きな成長を遂げた。特にわが国は、第二次大戦後の高度経済成長を経て、世界有数の経済大国となった。生活は便利になり、人生の選択肢も増え、物質的豊かさを大いに享受できるようになった。 経済や科学技術はなおも発展し続け、情報化や国際化が進み、多様な生き方や価値観が生まれるに至った。
他方、科学技術の爆発的発展は核にまつわる戦争や事故を引き起こし、急速なグローバル化は伝統を崩壊させ、過剰な情報が人生設計を複雑化し、人々の悩みを深めた。結果、豊かで便利な社会でありながら、生きづらさが増大しつつあり、今後もこうした傾向が止まる気配はない。
このような難局を打開するには、いかにして幸せな人生を過ごすことが可能であるか、「良き人生の道筋(倫理)」を再考し、それを社会実践に繋げていく必要がある。
しかし、国民全員の状況を個別に調査、対応することは困難である。他方、時代や地域、年代、性別を超えて共有され続けてきた伝統的な価値観や倫理などは(少なくともその一部は)、未来の社会においても人類に広く幸せをもたらす普遍性を備えている可能性がある。
以上の背景から、本プロジェクトでは、日本と近隣アジア諸国の伝統的な精神性、幸福観、倫理観を体系化した上で、現代社会に応用・還元し、より幸せな人生や社会の構築に寄与していくことを目的とする。
研究プロジェクト
A.日本とアジアの伝統的な精神性と倫理
わが国は、第二次大戦後の高度経済成長を経て豊かで便利な社会となりながら、格差社会など生きづらさが増大しつつある。このような難局を打開するには、いかにして幸せな人生を過ごすことが可能であるか、「良き人生の道筋(倫理)」を再考し、それを社会実践に繋げていく必要がある。本プロジェクトでは、南アジア、チベット・ヒマラヤ地域、東アジア諸国の仏教文化圏に目を向けつつ、日本とアジアの伝統的な精神性や倫理観の解明を進める。
B.国民総幸福(GNH)を支える倫理観・宗教観研究
国際社会は近年、「幸福」に対して意識を高めつつある。その顕著な現れとして、2012年に国連が「国際幸福デー」(毎年3月20日)を採択したことが挙げられるが、その背景として、ブータン王国が国策として打ち出している「国民総幸福」(GNH)に対する国際的な関心の広がりを見逃すわけにはいかない。このGNHについては従来、経済学や開発学などの視点から研究が推進されてきているが、しかし、そもそもGNH政策の依って立つ基盤が、ブータン王国に深く根付いた独自の宗教的倫理観の上にある事実は看過されている。
以上の経緯を鑑みて、本プロジェクトでは「国民総幸福」に着目し、同政策の土台となっている倫理観・宗教観の内実について、ブータン王国はもとより、広くチベット・ヒマラヤ文化圏全体を視野に収めつつ多角的に検証し、さらには、わが国の宗教倫理、精神文化との比較考察をも行う。
C.伝統知テクノロジーの開発およびELSIの議論
近代以降、科学や資本主義経済、西洋的学問が重視される一方、日本やアジアの伝統知は古き情報として軽視されるようになった。しかし、科学や資本主義、西洋的思考の行き詰まりにより、新たな方向性が求められている。
本プロジェクトでは、人類が長きにわたって積み上げてきた「伝統知」に着目し、伝統知とサイエンスを融合させることで新たなテクノロジーを創出し、人類の幸福や平和への貢献を目指すとともに、テクノロジー開発の方向性についても検討を進める。具体的には、仏教対話AI「ブッダボット」の改良や他分野への応用などの伝統知DXや伝統知AIの開発を進める。さらに、内閣府「ムーンショット型研究開発制度」の目標9で開発を進める、幸せのテクノロジーや、こころのサポートテクノロジーの研究開発のためのELSI議論を進める。