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鎌田教授の講演論文が収められた『霊性と東西文明 日本とフランス「ルーツとルーツ」対話』が出版されました

1603kamata_reisei.png 鎌田東二教授の講演論文が収められた『霊性と東西文明 日本とフランス「ルーツとルーツ」対話』が出版されました。
 伊勢神宮の第六十二回遷宮を機に開催された日仏シンポジウム《ルーツとルーツの対話》(2014年3月11〜14日/於:皇學館大学・三重)の「第一部 自然とサクレ」において、鎌田教授は「神道とは何か?ーユーラシア・環太平洋交響楽としての神道」というタイトルにて発表しました。本書には12人の発表者の講演録および討議、総括が508頁に渡って収められています。


『霊性と東西文明 日本とフランス「ルーツとルーツ」対話』
竹本忠雄 監修
出版社: 勉誠出版 (2016/2/18)
ISBN-10: 458521030X
ISBN-13: 978-4585210306


「神道とは何か?ーユーラシア・環太平洋交響楽としての神道」鎌田東二


 その「神道」とは何か、という質問に明確に語ることは容易ではない。その理由の第一は、神道には明確な教え・教義がないからだ。そのために、「神道は教義なき宗教である」という言い方がなされる時がある。それは間違いではないが、だからと言って何もないわけではない。神社はあるし、祭りもある。『古事記』や『日本書紀』や『古語拾遺』や『先代旧事本紀』などの神話や家伝を記した古典もある。明確な教義こそないが、そこには顕在化しない「隠れた意味世界」がある。(中略)
 哲学も倫理も教理もない「神道」。だが、その「ない」ことによって「西洋の宗教思想の侵略に対抗」でき、独自のプレゼンスを高めることができた。逆説的にではあるが、仏教や儒教やキリスト教など、そこに確かに体系的に「ある」何ものかとの対峙と対比を通してしか、その存在感を確認できないようなあえかなもの、明示的に摑むことも示すこともできない幽玄なるもの、不明性を存在根拠とする「宗教文化(形態)」としての「神道」。
 知られているように、「神道」の語の初出は『日本書紀』だ。そこで「神道」は、「仏法」との対比を通して現われる。『日本書紀』用明天皇の条に「信仏法、尊神道」と初出し、続いて孝徳天皇紀にも「尊仏法、軽神道」と出る。
 ここに、神道と仏教との差異の認識が出ている。
 

(講演論文より)


『霊性と東西文明 日本とフランス「ルーツとルーツ」対話』 | 勉誠出版ウェブサイト